デス・オーバチュア
第142話「女神転生」




リンネと入れ代わるように、その人物は現れた。
純白の光を身に纏い、輝く白髪に、白いフォーマルらしきドレス。
肌は髪とドレス以上に白く、白以外の色は、瞳と唇と爪だけだ。
その三つだけは淡い薔薇色である。
「魔族……」
「解るの? 角も牙も翼も生えていないのによく解ったわね」
「人間の白髪はそんなに綺麗じゃないし、薔薇色の瞳もありえない……」
「あら、人間にも赤い瞳をしたのがいるじゃないの」
「お前のは綺麗すぎる。人間の髪や瞳はお前のように内側から輝いたりはしない……」
「私は白鳥のフィノーラ。あの人はフィーとかフィラって呼んでくれたわ……」
フィノーラはタナトスの目前にまで歩み寄ると、足を止めた。
「フィ……やはり、お前がそうか……」
「事情、状況の説明はいる?」
「お前が何者なのかも含めて、大方のことはさっきリンネに聞いた……」
「そう、あのおばさんもたまには役立つわね。こんなこと自分でベラベラ説明する気にならないもの……」
フィノーラは長い後ろ髪をかき上げると、淡い薔薇色のリボンで一房に縛りあげる。
「じゃあ、私の気持ちが、私がどうしたいか……あなたがどう対応すればいいのか……解っているわね?」
「……これでいいのか?」
タナトスは少しの間の後、大鎌を構え直した。
「そう、それでいい……本当に単純。難しく考えすぎなのよね、私は……」
「…………」
「本当、今回に限りあのおばさんに感謝するわ……惨めなことをゴチャゴチャと口にしないで済むから……」
フィノーラの左手に三つ又の白鞭が出現する。
「あなたにとっては別につき合ってもいない、勝手に自分に付きまとってくる男の女性関係でこんな目に合うのは理不尽極まりないでしょうけど……まあ、世の中そんなものよね」
「……気にするな、お前が初めてではない……」
「ああ、闇の姫君ね……彼女にも困ったものよね」
フィノーラは自分のことを棚に上げて言った。
「…………」
Dだけでなく、ケセドことブリューナクのこともあったが、ここでわざわざ口にすることでもない。
「じゃあ、始めましょうか?」
「ああ……」
フィノーラが一度床を鞭で叩いたのを開始の合図に、二人の死闘は始まった。



「……おば……おばさん……あの小娘が……」
二人が死闘を演じている部屋から少し離れた場所で、リンネ・インフィニティは怒りに振るえていた。
表情だけは、いつも通り落ち着き払っているが、纏う空気が刺々しい。
「無理もないんじゃない? だって、あなたは魔界よりも、二人の魔皇よりも『年上』でしょう?」
彼女に背後から話しかけてきたのはクロスティーナ……の姿をしたクロスティーナではない者だった。
「セレスティーナ……」
「久しぶりでいいのかしら? アイオーン?」
「それは『神剣』の方の女神名よ……」
リンネはセレスティナに向き直ると、目を細める
「あなたにとっては、どっちでも同じことでしょう、最古の時の女神?」
「……そうね……でも、それを言うなら、あなたもそうでしょう、最古の大地の女神?」
リンネとセレスティナは互いに無表情で相手を見つめ合った。
「……勿体ぶった腹の探り合いはこれくらいにしましょうか、アイオーン『姉様』?」
「ふふ……そうね。でも、姉様はやめて……製造順的には私の方が後だし、元の世界においても、あなたの姉様はあの人だけだったみたいなものでしょう?」
「ええ、前世、今世、来世も含め、わたしが姉と慕うのはあの人唯一人だけ……」
「ふふ……男を取られた今でも慕う心は変わらない……のっ!?」
突然の轟音。
リンネは、己の喉元を穿つように突き出された石の大剣アースブレイドを、タイムブレイカーの半身である短剣で受け止めていた。
「アイオーン……二度とそのことを口にするな。二度目は無いぞ」
セレスティナは左手で突きだしていたアースブレイドを引き戻すと同時に、消失させる。
「凄い殺気ね……天真爛漫、純情可憐、天衣無縫……あんなにも可愛いらしい女神だったあなたが変わったものね……ふふ……あなたを変えたのは年月? それとも恋?」
「そう言うあなたは口数が増えて、いやらしくなったわね……昔はもっと凛々しい女神だった気がしたけど……?」
「ふふ……私を変えたのは年月よ。あなた達と違って、私は正真正銘神族の女神としてあれからずっと年月を重ねてきたのだから……それに、あの男と出会って、子も三人ももうけた……これだけ、経験を積めば、女らしくなって当然でしょう……」
リンネは物凄く妖艶で淫靡な笑みを浮かべていた。
「いやらしく=女らしさなわけね……確かに女としての魅力は上がったのかもね……でも、あなたのそれはもう神性というより魔性のものよ……」
「光栄ね、魔皇妃としては、いやらしいとか、魔性の女とかは誉め言葉よ……ふふ……」
「よりにもよって、あんなモノの妻になるなんてね……信じられない堕落よ……」
「あら、でも、アレだってあなたの愛した……と、二度目はないんだったわね……」
「いい判断よ、もし後一秒でも囀っていたら、あなたの心臓を穿ってやったのにね」
「ふふ……怖い怖い……そうそう、アイオーンじゃなくてリンネと呼んでね、色々と紛らわしいから……特に人前では……」
「じゃあ、わたしのことは人前では呼ばないでね」
「……名を呼ぶなと?」
「ええ、だって……コレの女神名と同じ名だと、学のある者にはバレちゃうもの……」
セレスティナの左手にはいつのまにかアースブレイドが握られている。
「確かに、私もアイオーン、アイオーンと呼ばれたら困るものね……厳密には違うのに……」
「神剣の女神形態のアイオーンと確かに紛らわしいわね……」
セレスティナはアースブレイドの背で自分の左肩をポンポンと叩きながら言った。
「肩こり酷いの?……まあ、あなたの方は単純でいいわね……だって、それはただの空っぽの器ですものね……」
「クロスティーナが体の扱い荒くてね……確かに、これは厳密にはアースブレイドじゃない……」
セレスティナは叩くのを左肩から右肩に移す。
「厳密ね……歴史的に言うなら、アースブレイドなんて神剣はもうこの世界のどこにも存在しない……だって、遙か大昔に消滅しているもの……今、私の目に映っているのはただの『残影』ってところかしら……二重の意味でね……」
「残影ね……じゃあ、あなたの方は一体何者なのかしらね? 原種の時の女神? 唯一とも言うべき超古代神族の生き残り? 魔皇の妃? 魔眼妃? 半身を剔られて、それでもなお存在し続けるモノ……」
「剔られた半身ならもう取り戻したわ……」
リンネは両手に、それぞれ短剣と長剣、二本で一対の神剣タイムブレイカーを出現させた。
「そう……取り戻した……でも、私はもう超古代神族の時の女神アイオーンには戻れない……長い年月が私を魔皇妃リンネ・インフィニティとして『変質』させてしまったから……」
「あなたもあなたで複雑よね……」
「ふふ……一言で言うなら、リンネ(私)もタイムブレイカー(コレ)も同一人物の成れの果てと言ったところよ」
リンネはタイムブレイカーを消失させると、懐から古ぼけた一冊の書物を出現させる。
書物は独りでにめくれ、あるページで止まった。


かって、エビルという悪い神様がいました。
彼は九人の女神を材料に九本の剣を創ることにしました。
八人の女神は神剣に創り変えられてしまいましたが、唯一人、時の女神アイオーンだけは、力と体を『半分』剔り取られただけで、一命を取り留め、逃げ延びます。
彼女は名を変え、姿を変え、自分達の次の次の神様達の中に潜り込みました。
そして、気の遠くなる程長い年月の果てに、自らの奪われた『半身』から創り出された時の神剣と巡り会うのでした。


「……以上、リンネ・インフィニティの波乱の半生をダイジェストでお送りしました……ふふ……」
「どんなに長い年月も、起きたことだけを文章にしたら、その程度なのね……」
「ええ、それが歴史というものよ……」
リンネは書物を閉じると、懐にしまい込む。
「私達はただの神剣とその契約者じゃない……元は同じモノなのよ……でも、私達はすでに別々の『個』になってしまった……もう一つには戻れない……」
リンネはタイムブレイカーを出現させると、その姿を愛おしげに見つめた。
「タイムブレイカーは女神一人分を全て材料にできなかったから、他の神剣より劣る不完全な神剣になった……けれど、長い年月を費やして失った力を殆ど回復させた原材料である時の女神(あなた)が持った時だけ、他の神剣を遙かに上回る最強の神剣となる……その強さは、単純な足し算で1.5倍……相乗効果的に考えれば二倍どころじゃないわね……だからこそ、刻の弥終なんて反則技が使えるわけだけど……」
あれはただの時の神剣の契約者、あるいは時の女神一人ごときではできない技だ。
最低でも神剣か、女神が二つ(二人)分必要な技である。
おそらく、この世で唯一人、タイムブレイカーを持ったリンネ・インフィニティにしか使えない技だ。
「複雑ではないけど、あなたも特異さでは、私に負けていないわよ、セレスティーナ……いいえ、大地の剣(アースブレイド)……」
「…………」
「アースブレイドはこの世界のどこにも存在しない……だって、『彼女』は神剣戦争の直後、神剣であることを放棄して、人間に『転生』してしまったのだから……」
「…………」
セレスティナは無言でアースブレイドを出現させる。
「ゆえに、アースブレイドらしきモノを地上に現臨させられるのは、アースブレイドの生まれ変わりであるクロスティーナだけ……かっての自分の影……力を投影したモノが今、私が視ているその石の大剣……」
「ええ、そうよ……セレスティーナ(わたし)は、クロスティーナの中に眠る神剣にして超古代神族としての人格……クロスティーナ(あの子)の原初(ルーツ)よ」
最初の転生はシルヴァーナ・フォン・ルーヴェ、彼女は力(アースブレイド)を目覚めさせることも、前世の記憶(セレスティーナ)の存在に気づくこともなく、その短い生涯を閉じた。
彼女と互いの存在を認識し合い、意志疎通を成立させたのは、互いにクロスティーナの中の残留思念のような現在の存在になった後である。
「セレスティーナ、あなたは今の地上で何を成したいのかしら? 果たせなかった恋の成就? それとも、裏切られた想いの復讐?」
「…………」
「……ふふ……やっぱり、答えてくれなくていいわ。だって、解らない方がいろいろと想像できて楽しいもの……」
「……本当、悪趣味になったわね……」
「ふふ……全ては娯楽。あなたにはこれからも楽しませて欲しい……でも、今は……白き魔王と漆黒の死神に楽しませてもらいましょう」
リンネはセレスティナに背中を向けると、ここではない遠くの景色に視線を戻した。














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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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